リレー・エッセイ
 
いろいろなキューバが見えてくる
 
Vol.8 持続可能な国づくりへの挑戦

その6 未来を見つめるキューバの農業教育

東京都産業労働局農林水産部農業振興課主任 吉田太郎
 
ハバナ市内のグラル・エニロ・ノネス小学校にて。子供たちは「私たちが作った野菜を食べていってよ」と銀のお皿の上に学校農園で取れた野菜を奇麗に並べて出してくれた
■実践的な農業教育
 キューバの教育が優れていることは、このシリーズの他のエッセイでも紹介されているが、キューバが有機農業への大転換を図れた鍵は、キューバのユニークな農業教育にある。そう筆者は思っている。
 キューバでは、単なる頭の知識だけではなく、働くことと学ぶことを一致させる「農業教育」を1961年という早い時期から実施してきた。そのルーツは、キューバで「使途」として全国民の尊敬を集めるホセ・マルティにある。マルティは百年前の独立戦争時に戦死するのだが、生前「男も女も大地の知識を養われなければならない。書物を通じて間接的に学ぶことは不毛であり、自然からの直接的な学びの方が実りが多い。朝にペンを持たば、午後には耕せ」と主張していた。革命後のキューバの教育は、この理念に沿って実施されているから、小学生の低学年の子供でさえ、校舎の掃除や校庭の管理を手伝うし、高学年になると学校毎に設けられた「学校菜園」で農作業を行なう。
 中学生は、毎年約1ヶ月を農村の寄宿舎で過ごすし、高校の多くは農村に設置され、半日を農業実習に費やす。ただし、農作業は、数学、化学、博物学を総合的に学んだり、責任感や倫理感を高めたり、学生たちが協力しあって物事を達成する喜びを学ぶ手段とされている。

■経済危機と環境教育へのシフト
 だが、医療と同じく経済危機が直撃すると、この優れた教育システムも大きな打撃を受ける。紙や鉛筆、ペン、本、チョークといった資材も入らなければ、靴や制服用の材料もなく、校舎が傷んでも建設資材やペンキの不足で改築もままならない。加えて、栄養たっぷりの給食をタダで提供することも自慢の種だったのだが、このシステムも動かせなくなっていく。
 しかし、カストロ政権は、むしろこの苦境を逆手にとり、教育課目に有機農業や自然エネルギーを導入し、さらに充実した環境教育を展開することで危機に応じた。
 教育省のレイナルド・ルイスさんは、こう述べる。
「ソ連崩壊後は大変でした。鉛筆やノートも何もかもが足りませんでしたが、ただ一つの学校も閉鎖しないことを目標に政府が奮闘しました。食料がない中で子供たちが飢えないよう文部省が農業生産グループを組織し、学校で農業生産をはじめたのです。また、輸入できない石油を補うため、バイオガス、風力、ソーラーエネルギーの利用も進めました」
 農作業を通じて働くことの大切さを学ぶ。農業教育の基本方針は変わらなかったが、その内容が環境へと大きくシフトした。例えば、小学校4年生以下の子供たちは、「私たちが生きている世界」という課目の中で地球環境や森林保全の大切さを教えられるし、高学年ではエコロジー、有機農業、環境保護についても学ぶ。かつ、国語の授業の中でも農業や環境をテーマにした本を題材として取り上げ、スペイン語とあわせて知識を増やす。さらに、黙って先生の話を聞くだけでなく、子供たちが興味を抱くテーマごとに自発的に学ぶクラブ活動の時間も週2日、2〜4時間もうけられているという。

■子供の自主性を大切にした総合学習
自慢のバイオガスでの調理場。左後ろの白髪の女性がドラ校長
 いくつか事例を紹介しよう。例えば、ハバナ郊外にあるフリオ・アントニオ小学校は、隣接した養豚場からのバイオガスで給食を調理している。ドラ・フェレラ校長は「今は全く石油は使っていませんし、経済的にも有利です。バイオガスは子供たちの環境学習にも役立っています」と胸をはる。
 ハバナでは市内のど真ん中に700ヘクタールもの巨大な緑地公園を新設する一大事業が進んでいるが、エルナモス・モンタルボ小学校では、この「メトロポリタン・パーク・プロジェクト」と連携した植林活動を行なっており、環境クラブでは、低学年から高学年の子までが一緒になってどう自然を守るかを自由に議論する。
手をあげて自分の意見を熱心に主張する環境クラブの子供たち
「みんなで木を植えたらどうかなと思います」。「ゴミを捨てないように、みんなを注意したらどうかしら」。「一五本植えれば一トンの紙の材料ができるよ」。「果物が取れたり、材木になったり、空気も奇麗になる。木は人が生きるのに必要なんだ」。どの子もちゃんと自分の意見を持っている。
「自然を守る歌も作ったんです。聞いてみますか」。先生が促すと、それまで教室内にてんでんばらばらに座っていた子供たちが、さっと黒板の前に並んで、見事なラテンのリズムで、手をたたき、足を踏みならしながら、自作の踊りと歌を披露してくれた。音楽も国語も環境も組みあわせた授業と言えるだろう。

アメリカの経済封鎖で石油が十分に使えないキューバでは省エネ運動が盛んである。ハバナの旧市街には、節電を教育に取り入れた学校もある。
「電気には2種類のタイプがあります。化石から取れる石炭と石油エネルギーは一回使うと再生できないけど、水力、風力、浮力エネルギーは再生できます。また、サトウキビから取るバイオマスや家畜から取るバイオガスも再生できます。後、原子力もあるけど、、」。アベル君が説明をしてくれる。
 「原子力はどっちのタイプなのかな」と尋ねると、「もちろん、使えないエネルギーだよ」という返事が返ってきた。
 ちなみに、アベル君はまだ8歳にすぎない。メーターを見ながら余計な電気が教室についていたら子供たちが消してまわる。文章でこう記述すると、物資が窮乏する中で子供に節約を強制しているように思えるが、子供たちの表情はいたって明るいし、教科書の水準もきわめて高い。今のような浪費的な生活をしていると地球の未来がないから、モノを大切に使おう。そして、バイオやソーラーエネルギーを活用すれば、ちゃんと自然と調和していける。そうしたストーリー展開は実にわかりやすいし、ただ地球環境の悲惨な姿を伝えて子供たちの気を滅入らせるのではなく、具体的なアクションへと結びつけている。そして、子供たちのクラブ活動は、電気屋さんなど地区の大人がボランティアで全面的にバックアップしている。

子供たちの絵について説明するレイナルド・ルイスさん
「こんな授業もしています」と先生から見せてもらった子供たちの絵には、「省エネ・マン」が電気を浪費する「悪玉マン」をやっつけていたり、ソーラーパネルで見れるテレビや、バイオガスの湯沸かし器など、いずれも希望にあふれる未来図が描かれていた。
 教育省は、教員向けの環境教育指導書も作成しているが、策定委員会には子供も参加する。子供の目線からも、どのような教え方をしたらよいのかを検討することが必要だというのがその理由である。
 もちろん、環境に限らず、子供たちはクラブを通じて、看護婦、スポーツ、芸術など幅広い分野の社会体験を行なう。あくまでも強制ではなく、子供たちが自発的に将来なりたい職業を選べる機会を提供しているのである。
キューバの子供たち
 なるほど経済封鎖でモノはないし、暮らしは質素でつつましい。だが、元気にはしゃぎまわりながらも、好奇心にあふれ、礼儀正しく、得意分野を活かして世の中の役に立てる大人になりたいと願う子供たちがいる。この澄んだ子供たちの瞳を見るかぎり、この国の未来はどうみても明るいと思うのだがどうであろう。
(終)
Photo by Taro Yoshida(C)

[吉田太郎さん著刊行]キューバの有機農業についての詳しい報告書が2冊、8月に刊行されました。
コモンズ『有機農業が国を変えた─小さなキューバの大きな実験』
築地書館『200万都市が有機野菜で自給できるわけ─都市農業大国キューバ・リポート』

[吉田太郎さん責任編集サイト]<キューバの有機農業
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