リレー・エッセイ
 
いろいろなキューバが見えてくる
 
Vol.8 持続可能な国づくりへの挑戦

その2 伝統農法とバイテク技術の両輪で有機農業を実現

東京都産業労働局農林水産部農業振興課主任 吉田太郎
 
空から見たキューバの農地
 経済危機以前のキューバでは遅れた第三世界のイメージとは裏腹に世界でも最先端をいく近代化学農業が行われてきた。数万ヘクタールに及ぶ大規模な国営農場をソ連式の大型トラクターが走り回り、大量の農薬と化学肥料を散布してきた。面積あたりでは散布量はアメリカよりも多くトラクターの数も匹敵した。ところが、「緑の革命」を地で行く近代農業はソ連崩壊でたちまち瓦解する。
「100万トン以上の化学肥料、2万トン以上の農薬、200万トンの家畜飼料を一夜にしてなくしてしまったのです。75000台あったトラクターも石油不足で止まってしまいました」。
 農業省のホセ・レオン・ベガ国際局長は当時を振り返ってそう語る。輸入食糧の半減に加え、国内生産も年々低下し、94年には以前の60%にまで落ち込む。
 石油が半減、農薬や化学肥料もアメリカの経済封鎖で以前の20%しかない中で、どうするか。革命以来の石油や農薬に依存した近代農業を捨てること。残された手法はひとつしかなかった。カストロは農業のすべてを「オルターナティブ」な方法で行うよう命じ、国の総力をあげた有機農業への転換が進められる。

熱帯農業基礎研究所のバイオ肥料研究室

空気中の窒素を固定する微生物アゾトバクターは、葉面や土壌に施用することで、必要窒素量の40〜50%をまかなえ、米、キャッサバ(根菜類)、その他一般野菜で30〜40%収量が増加する。
 亜熱帯のキューバは、年間平均気温が25度、8月から10月は28度を越える。降水量も1375ミリあり、湿度も高い。害虫の繁殖には最適な条件が整っている。気候が冷涼な欧米諸国、ましてや日本以上に有機農業を行うことが難しい。だが、革命以来、人材育成に力を注いできたキューバには優れた科学者が多くいる。国内には200を越す研究機関があり、農業関連だけでも33ある。ことバイオテクノロジーや医薬品の開発にかけては先進国に匹敵するか、その上を行く。こうした高度な研究が有機農業の技術開発へ動員された。しかも、研究者たちは机上の理論や実験だけに頼ることなく、全国各地の農民たちと徹底的に語り合い、伝統的な栽培技術を掘り起こした。キューバの有機農業の大きな特色は、最先端のバイテク技術と伝統農法を組みあわせ、資材が不足する中でも実践可能な適正技術を開発したことにある。
土壌研究所のバナナの木の下で作られる
ミミズ堆肥

バナナが日光を遮り湿度を保ちミミズが育ち、バナナもミミズ堆肥の栄養で育つ。
 例えば、輸入できない化学肥料のかわりに登場したのが、バイテク技術を活用した微生物肥料である。マメ科作物との輪作や緑肥利用とあわせてアゾトバクターやリンを有効化するVА菌根菌が活用されている。菌は以前から知られていたものだが、キューバはこれを増殖することに成功した。
 土づくりにはミミズも活用され、180を越す各地の製造センターが毎年10万トンものミミズ堆肥を生産している。手作業に依存するローテク生産だが、世界に6000種ある品種の中から自国の風土条件に最も適し、生産効率が良い二種を選びだした。その生態や腐植の化学成分、各作物毎の施用量も詳細に研究されている。
手作りのミミズ堆肥

使い古しの給水桶の中に牛糞などを投入してミミズを培養。完熟した堆肥は手製の篩いで分別するという完全なローテク生産だ。
 害虫防除では化学農薬にかわってバイオ農薬が使われる。人体に無害な微生物や害虫の天敵(ヤドリバエとタマゴヤドリコバチ、食虫蟻など)の生産は全国各地に280ヶ所あるバイオ農薬センターが受け持つ。もみ殻等の静地培地に菌を摂取し、空き瓶を利用して菌を培養。完成品はビニール袋に入れて販売するが、密封作業はアルコールランプの火であぶって行なっている。それほどキューバにはモノがない。だが、視察を行ったアメリカの研究者たちは「窮乏する中での創意工夫が、多くの資金や高度な機器がなければ行えないというバイテク神話を覆すことにつながった」と高く評価している。
ハバナ市のアラヨ・ナランホ区にある
天敵生産センター

トリコデルマ菌、バチルス菌、ボーヴァリア菌、黒きょう菌などは、こうした空き瓶の中で培養される。









 ニンニク、タマネギ、キンセンカなど、植物から抽出したエキスから農薬を作る研究も進んでいる。中でも注目株は、インド原産で中南米やカリブ諸島にも自生しているニームである。実を集めて乾かし、種子を取り出し、皮のまま細かく砕けば、それがそのまま農薬となる。畑のすみに一本植えておけば、自家製の農薬がいつでも手に入る。また、サトウキビのプランテーション農業が進展する以前には行われていた輪作や混作も復活した。大豆やササゲなど豆科作物と一緒に作物を植えることで、生態系のバランスが保たれ害虫防除や雑草抑制、連作障害の回避に役立つ。
ハバナ市内の国営展示農場

有機農業には欠かせないオーソドックスな輪作も行われている。トウモロコシには天敵が棲むため、誘因された害虫は捕食される。
 潤沢な資金や物資がなくても、人材さえ育成できれば、すぐにでも取り組めるこうした有機栽培技術は、貧しい国にとっては魅力的である。バイオ肥料や生物農薬の技術を学ぶため、南米各地からは多くの研修生がキューバを訪れる。
 窮余の策で進められた有機農業だが、97年には、総生産量ではほぼ以前の水準まで回復し、その後も伸び続けている。生産量や生産効率を詳細に調査したモデル農場の研究事例では作業労力では半減、産出量は2割以上アップし、投入エネルギー効率では以前の倍以上となっている。
 いまだに経済危機は続いているとはいえ、結果として一人の餓死者も出さなかった。キューバの人々は、有機農業は近代農業よりも収量や効率が悪く国全体の食糧自給などは不可能だという農業関係者のドグマを見事にくつがえしてみせた。
 キューバの有機農業を調査したスタンフォード大学の科学調査団は「人類史上における最大の実験」と評しているが、まさに国をあげた壮大なプロジェクトXの成功だったと言えよう。

Photo by Taro Yoshida(C)
(続く→第3回
吉田太郎さん責任編集<キューバの有機農業
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