リレー・エッセイ
 
いろいろなキューバが見えてくる
 
Vol.8 持続可能な国づくりへの挑戦

その4 痛みを伴わないキューバ流構造改革〜人道的自由化

東京都産業労働局農林水産部農業振興課主任 吉田太郎
 
農民市場 1968年。自営業が禁止され、町中のコーヒーショップからアイスクリーム屋にいたるまで、58000以上もの中小企業が国営化されてから、キューバには長らく市場が存在しなかった。カストロは、平等な社会を築くために一時は貨幣すら否定しようと試みたこともある。以来、商品は町中から消え、配給がすべてをまかなうようになった。
 だが、この配給システムは、経済危機の中で事実上機能しなくなった。月当たりの配給量は、米2.3キロ、黒豆840グラム、魚200グラム、鳥肉84グラム、塩220グラムにすぎず、油、ラード、石鹸、歯磨き粉、酢、肉、瓶詰トマトはほとんど手に入らなかった。
 これではとても暮らしていけず、足りない分はどこからか調達してこなければならない。日本でも食料が不足した終戦直後がそうであったように、キューバでも闇市が次々と誕生した。だが、その価格は目が飛び出るような値だった。たった30個の卵が労働者の平均月給の倍、大学教授や医師クラスの月給の八割に及んでいる。120グラムの石鹸をたった一つ買うのに、サラリーマンは月給の半分も出さなければならなかった。
農民市場 この闇市価格を下落させるための切り札として発動されたのが「農産物市場の開設」という新たな流通政策だった。1994年10月1日、国は全国で121カ所の「農民市場」を設置するとともに、個人農家の自由販売を認めた。いわゆるキューバ版「朝市・直売所」が誕生したのである。
 結果としてどうなったか。ハバナ市内にある農産物直売所の一つを訪ねてみた。日曜日の早朝だというのに、黒山の人だかりである。狭い店舗の中には、肉、野菜、果物、そして花までもが所狭しと並べられ、隣の人の話声が聞き取れないほどの熱気が溢れている。農産物の値段も以前の闇市価格の10分の1程度まで下った。闇市を追放し、消費者が農産物を手に入れやすくするという直売所の戦略は、大きな成功をおさめた。
農民市場 だが、自由化の目的はもう一つあった。自由に農産物を販売できるようにすることにより、農業者の生産意欲を高めることである。
 農家は、政府との契約に基づき、生産物の80%は政府に販売しなければならないが、残りの20%は「農民市場」や自分で設置した庭先販売所で自由に販売できることとし、その価格も良いものを作れば高く売れるというように、市場原理にゆだねたのである。ただし、すべてを自由販売できるわけではなく、国とあらかじめ契約された生産量を決められた価格で販売しなければならない。しかし、自由市場の価格は政府の買入れ価格よりも遥かに高い。農家は契約量以上に生産しようと意欲を持つ。
 それに加え、税制上の工夫もこらされた。市場で売る場合には、販売額の15%を納税しなければならないが、人口も多く消費需要が大きい大都市ハバナとサンチアゴ・デ・クーバ市では、この税率を5%と低く据え置くことにより、農業者の利益が大きくなるようにしたのである。ハバナは高所得者が多く、農産物需要も大きいため、農産物価格が高い。出荷は、生産者にも魅力的で、都市への出荷を促すという減税政策はうまくあたった。
 このような流通改革の結果として、多くの生産者はノルマの倍以上の生産を行い、以前の3〜4倍もの利益をあげるようになった。例えば、農業協同組合の平均月収は180ペソだが、収益が高い組合では500ペソを越えている。ハバナの小規模農家でさえ、直売を通じて月あたり1500ペソを稼いでいる。キューバでの平均月収は180ペソで、大学教授のような専門職でも300ペソ、農業大臣ですら450ペソにすぎない。どれだけ農民が優遇されているかがわかるだろう。
 危機的状況の真っ只中でさえ、農業生産がさほど落ちなかったのは有機農業の成果に加えて、こうした「改革」の効果も大きい。
農民市場 生産の伸びに平行して、直売所の数も増えていく。1995年の3月には、全国で211、ハバナだけで29カ所となり、1998年の春には300以上、ハバナだけで約65にも増えた。
 さらに政府は月毎の農産物フェアも始めた。だが、自由化されたとはいえ、全てが販売できるわけではない。カロリー源として重要なジャガイモは自由販売できないし、トラクターの代わりとなる牛の肉や馬肉、ロバ肉も認めていないし、配給用の牛乳及び乳製品の販売も禁じられている。輸出品であるコーヒー、タバコ、ココア、蜂蜜も同様である。
 無制限な自由化が進められれば、一番打撃を被るのは平均賃金の6割しか所得がない年金生活者や母子家庭である。これらの社会的な弱者を保護し、最低限の社会補償を保つために、国家統制とのバランスをとりながら、慎重に規制緩和による経済の活性化を進めている。
農民市場 また、キューバ人たちに感心させられるのは、利益だけを求めてはいないことだ。農産物をそのまま丸ごと販売すれば、大きな利益をあげられるにもかかわらず、ハバナの都市農場や市民農園の八割は、生産物の一定割合を地区の小学校やデイケアセンター、老人ホームなどに無償で寄付している。農産物を寄付し仲間で分かちあうという協力精神が、最悪の食糧危機の中でも人々を生き残らせ、一人の餓死者も出さずにすんだことにつながった。
 農業省のフォセ・レオン国際局長は言う。
「自由といっても生産物の80%は政府に収めてもらう。国はそれをベースに配給を行い、病院や学校に食料を提供し、低所得の人たちの暮らしを守っているのです。残りは自由市場で販売し、利益をあげてもらっていますが、その利益をあげる中から、幼稚園、小学校、老人ホーム、病院などにも寄付してもらうのです。毎日、肉を食べることはできませんが、空腹で餓死する人はいません。ラテンアメリカでは飢餓者が一千万人以上もいるのですが、キューバではただ一人もいないのです」。
 このあたりは、とかく規制緩和と自由化一辺倒に陥りがちな日本が参考としなければならない点だろう。
Photo by Taro Yoshida(C)
(続く→第5回
吉田太郎さん責任編集<キューバの有機農業
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